3月5日(火)最賃生活体験運動24日め-

今日は午後一時から名古屋法律事務所にてカトリック学園の弁護団会議のため名古屋駅へ行き 190円、終わってリハビリに向かい 230円、夕方は栄総行動事務局会議へイーブル名古屋へ 230円、打ち合わせが済んで組合事務所へ行き 200円、帰りが 270円、一日の交通費小計は1,120円です。

朝の食事はピュアな水200㏄のみ、昼はチキンクリームシチューとトースト1枚と焼き芋小3個で 600円、夕食はホッケ開き定食とグリーンサラダ小で、 880円、食費小計は1,480円です。本日の支出合計は2,600円で、累計は99,669円です。

 

過去の読書経験から言えば、読み始めた本はほとんど最後まで読み通すことが大半です。稀に途中で放り出したものがあります。例えば最初にはっきりと記憶しているのはアンリ・バルビュスの『地獄』がそのひとつで、これは高校生の時でした。最近では、といってももう3年くらい前だと思いますが、中村文則の『教団X』もそうです。その前は(5年くらい前だったかな)カルタサールの『石蹴り遊び』ですね。ガルシア・マルケスとか、バルガス・リョサをずっと続けて読んでいたときもありました。ゴーゴリドストエフスキーフランツ・カフカ、カミユ、サルトル、など書簡や日記や評論以外はほとんど読んだ作家もありますし、サルトルは『存在と無』や『シチュエーション』、『弁証法的理性批判』などの論文も読みました。大学生になったときにレーニン全集も第1巻からずっと読み続けて、途中で10数巻かで忙しくなって読めなくなってしまいました。『資本論』と『剰余価値学説史』は2回ずつ読みました。

読んでも記憶に残っているのは、その立場・観点・方法をもって自己を武装した、ということを想いだしますが、内容は具体的にはとんと思い出せません。

読んだことが意味があったのかと問うならば、それは大いに意味深く学んできたと思っています。記憶をなくしても、これから仮に認知症のようになっても、3つ子の魂百までというのは本当じゃないかな、と思っています。だから、いまでも革命運動の日々に、自分が何らかの役に立ちたいと望んで生きているのです。

革命運動の前進にむかって、明日も生きていこうと思います。